「追う男2 愛車サニー」

 探偵は、頻繁に隠語を使う。女子高生も使うが探偵とは違う。と思う。探偵の隠語とは、業者によっても違うが、被調査人を10と数字で呼んでみたり、盗聴器の事をTとアルファベットで呼んでみたりする。女子高生のように、言葉を短縮するだけではない。
…まれに短縮するだけの業者もいるが。でも、女子高生とは違う。
 ある調査にて、それを痛感した。

 その日は、朝から機嫌が悪かった。大卒の新人と組み、調査に出なければならなかったからだ。その新米探偵は、探偵歴三日。初日は30分の遅刻。きっと緊張して前の晩、眠れなかったのだろう。二日目は1時間の遅刻。きっと興奮のあまり眠れなかったのだろう。そして三日目の今日は既に1時間半、現場に来ていない。朝から気分が悪い。
 結局、彼は2時間遅刻の記録を出し、新記録樹立した。暫らく、二人で固まったように張り込みを続けた。会話も無く。固まったように。そして、目線の先のマンションから女が出てきた。新米探偵の目線の先には蟻の巣があったが。
 この女こそ、本日の調査対象者だ。事前情報により、浮気相手の男が趣味の悪い車で迎えに来る可能性があったが、どうやら駅まで歩くらしい。準備してあった愛車サニーが、邪魔になったが、そんな時こそ新米探偵の出番だ。「俺が追う。車を廻してくれ」そう告げると、彼は任せてくれと言わんばかりに、クラッチを踏まずにギアをサードに入れ、笑って誤魔化していた。苦笑いで笑みを返し、女を追い始めた。その女は東京東部の駅から電車を乗り継ぎ、千葉県西部の駅で降りた。電車の中で、化粧・身なりを見て男との密会を感じ、新米探偵にメールを入れた。女は、駅前のファーストフード店に腰を落ち着かせた。斜め後ろに座り煙草に火を入れる時、学校帰りの女子高生に囲まれるように座られた。女は見にくい掛け時計と、醜い女子高生を睨み、読書を始めた。待ち合わせと踏み、新米探偵に詳細位置を連絡した。女子高生は難しい発音の言葉を発している。一番静かだった女子高生が重い口調で語り始めた。言葉は解らないが口調は重い。暫らくすると、女子高生達の言葉が日本語になった。今までも日本語だったろうが。口々に「本当に危険だよ」としっかりとした標準語に変わり真顔だった。そのファーストフード店に居た、誰もが感じていた。女子高生は緊急事態や修羅場には隠語をもちいらない事を。暫らくして、気の弱そうな男が女の横に座り、怒られている。遅刻したんだ、きっと。なにより男が出た。きっと、こいつが浮気相手だろう。新米野郎はまだ、来ていない。距離にして、20キロ。かれこれ1時間。…渋滞か。女は男と席を立ち、店の前に路駐してある高級車に乗車した。趣味が悪い。俺の車はサニーだ。負け惜しみだ。新米野郎の姿はまだなく、仕方なくタクシーを捕まえた。
 タクシーに乗っての尾行は運転手のノリで決まる。クール過ぎる運転手は見失うし、熱すぎる運転手はバレる。熱すぎる運転手に当たった。当て逃げ犯を尾行して捕まえた事があると自慢し、ピッタリと女が乗る高級車の真後ろに位置をとっている。普通ば1・2台間にかませるが、運転手はイケイケだった。あと1キロ尾行を続けたらバレていたが、案外近くのマンションに入っていった。そのマンションから男の名前が判明した。新米探偵に連絡した。あと30分で着くらしい。
「遅かったな。事故でも起こしたかと心配したよ」先輩らしい言葉に、“心配”と云うスパイスを付けて差し向けたが、見事に断られた。
「事故っちゃいないです。しいて言うなら、この車が遅いんですよ」 
 ちょと待ってくれ、俺はこの車の為に毎月4万円のローンを払ってるし、ちゃんとオイル交換だってしてる。今朝だってスタンドで洗車したんだ。それに、最近カーナビだって取り付けた。と怒りが溢れかかったが、“探偵はクールでなければいけない”の言葉を思い出し、ぐっと堪え
「帰れ、お前とは一緒に現場を踏んでもいい結果は生まれない」
 と、静かな口調で、しかも落ち着き、お前の暴言は許してやると、少し偉そうに言った。俺はクールだ。先輩、俺は大丈夫です。しかし糞新米の言葉は確実な反則攻撃だった。
「俺はあんたのアッシーかよ。帰りの電車代はらえよ」
「???」
 一瞬ハテナだったが、次の瞬間彼を殴った。ごめんなさい。先輩。自分はまだまだです。新米野郎は咄嗟の攻撃に怯む事なく、俺の左手親指を咬んだ。解らなかった。今まで普通の喧嘩はしたことがある。けどいきなり指を咬まれるのは初めてだった。いや、いきなりじぁなくても指を咬まれるのは初めてだった。
 解らない。今、自分はなんで指を咬まれなければならないのか。解らない。わからない。ワカラナイ。イタイ。いたい。痛い。凄く痛たい。なんとか指を引き抜き、傷を確認している時、新米野郎は、猫のように、爪を立て、顔を引っ掻いてきた。
「目ん玉つぶしたろか」
 彼は目を狙っているらしい。ワカラナイ。
 新米野郎をボコボコにした。先輩に謝りながら。そして
「60中なんだよ。10にバレたらどうすんだ」
 と見事に隠語を活用しながら。女子高生とは違う。