「刑事のような二人」

 エド・マクベインの『87分署』シリーズは複数犯罪が微妙に絡み合いながら、それらの事件が同時進行で展開し関わった様々な人間模様が交差し登場人物達のキャラも際立つ、かなり渋い警察小説だ。探偵達も重なることがある。
 もっともこちらは全く渋くない。が、滑稽である。負けず劣らずの味わい深さがあると自負する。同じ案件の現場で別の探偵がうろつき、かぎ廻っているのだ。珍しい事ではない。依頼人は俺達を秤りに掛けてているのか。いや違う。大概の依頼人はそんな無駄金は使わないものだ。
 藪睨みに推理しても仕方がない。誰かが探偵を雇っただけの事だ。たまたま調査対象者が人気者だった訳だ。まっそんな事もあるだろうさ。教えられた覚えはないが、この業界にはプロレス並みに『暗黙の了解』みたいなものがあって、プロフェッショナル探偵なら決して妨害行為はしないし、「御苦労様です」とか「いやぁ、お宅らも大変ですなぁ」などと気安く声を掛け合いフレンドリーに接し合ったりもしないものなのだ。俺達はクールなんだと。だが、問題なのはせっかくの現場を散々掻き乱され、その同業他社さんがとても見苦しいと云う汚点だ。それはお互い様と云うか先に気付いた者勝ちだろうが・・・先方さんの形振り一挙一動傍観して思わず溜め息を吐いてしまうのだった。脳裏には「人の尻見て我が尻振り返れ」と探偵訓が浮かび「探偵らしさとは何か?」と、つい考え込んでしまい辞めたくなってくる。それからどうにかダンディズムを思い起こし、冷ややかに笑うしかないのだった。探偵はクールなんだと。

 黒塗の車は窓硝子全体にも黒い薄化粧が施されていた。時折、エア・コンのサーモスタットが作動して切り換わる小さな音を立てながら重厚な趣で身構え続けていた。いつも同じ場所に陣取っていた。その場所がお気に入りらしかった。俺達の車は斜め後方に位置していた。勿論、黒塗の車を張っている訳ではなかったが。ステアリングを握り締めた相棒が背凭れに寄り掛かり欠伸をすると退屈凌ぎを始めた。
「そろそろ車両を取っ替えた方がいい・・・と思いますがね」
「大きなお世話だよ」
「もう三日三晩、同じ車両で張り込んでいるんですよ。しかも、あの場所から微動だにせず」
「好きなんだよ。あの場所とあの車が」
「好き嫌いでやるもんじゃないでしょう」
「好きじゃなきゃ、やれんだろうよ」
「それはそうだけど・・・」
「君ね。馬鹿にしなさんなって。俺達だって似たり寄ったりなのよ」
「そうですかねぇ・・・。いや、違うとおもうけどな」
 相棒の気持ちは痛いほど伝わっていた。
「まあ・・趣味の問題ではあるが」
「ですよね」
 相棒は勇気付けられたのかそれまで死んだ魚の目だったのが一躍、爛々と輝き始めた。
「彼らの探偵像が理解出来ない」その問いには即答した。
「御覧の通りだよ」
 黒塗の車にはコーディネイトしたかのような黒ずくめの二人組が乗っかっていた。ベタだがあれはあれでお洒落な探偵と呼べば呼べるだろう。そう感じる方々には。助手席のドアが開き、ブラック・スーツが窮屈気にへばり着いた、小柄で小太りの若い男が転がるように降車した。スラックスのベルトとチャックを正繰り、はみ出したクシャクシャのシャツをインしながら脇のコンビニエンス・ストアに駆け込んだ。どうやら食事の買い出しに差し向けられた様子だった。
「あんパンとパック牛乳を買うぞ」
「まさか・・」
「イチゴ牛乳、コーヒー牛乳辺りに捻るかもしれんが」 
相棒は半信半疑に笑いを強張らせた。いや、さすがにあんパンとパック牛乳ではなかったが。あれば買ったかな・・・と。似合いそうだし・・・。これは個人的な意見だ。あくまでも。小太りの新米探偵は買い物を終えるとビニール袋をぶら下げ、小走りで運転手側のドアの前まで廻り込んだ。ゆっくりと窓が下がり、痩身のきりっと引き締まった彫りの深い端正な顔立ちを持つ先輩探偵の偉そうな腕が物憂げに現れた。新米探偵はさっと缶コーヒーを差し出した。先輩探偵の手は優雅にそれを握ろうとして急にピタリと動きを止め、手首を振り爪先で缶コーヒーを荒々しく弾き返した。新米探偵は「あっちゃぁ」と云ったように口許を歪め、掌で額をぴしゃりと叩いた。ショーケンが失敗した時にするあのクサイ演技みたいに。それから緊急出動する消防士さながらコンビニエンス・ストアまで猛ダッシュで舞い戻った。
「ボスじゃなきゃ駄目なんだよ」
「ルーツが美味いのに」
 もう一度、断っておくが、俺達は黒ずくめコンビを張っている訳ではない。真向かいに住んでいるストーカー女を監視しているのだった。念のために。
「しかしですね。こんな都心の上品な雰囲気が漂う閑静な住宅街にですよ・・・あれはないんじゃないですか。何も葬式みたいに・・・ネクタイ締めなくても」
「それ以上、言うなよ」
「どうかと思いますね。品性に欠けませんか」
「まあまあ、クール行きましょうや。こちらは」
 実は相棒よりも苛々していた。相棒の合いの手が絶妙で、指摘は的を捉え過ぎていたからだ。コンビとしての相性なら黒ずくめのギャグ・メッセンジャーズにはとても及びそうにないが。
 そして彼らは、案の定、地元の住民パワーに屈したのだった。
 斯くして如何にも刑事のような二人はババチャリ軍団に囲まれた。刑事のなりして己の存在を誤魔化しの勇気付けも所詮、権力主義は権力に屈するのだ。
 探偵の存在価値はそこにはない。スタイルにこだわるなら認識しなければならない。俺達はアナーキストなデスペラードだと。俺達は天使じゃないが汚れた顔の堕天使かも知れない。

「おい、俺にボスを買って来い」
「似合いません」
 我が若き相棒は爽やかに高笑いした。張り込みは一ヶ月にも及んでいる。