「夏の日の休日〜華麗なる自転車乗り」

 探偵はなかなかくつろげない。休日でもつい現場で直面したシーンを回想してしまう。そして自らの人生と照らし合わせ、そっと溜め息をつく。
 別に仕事熱心と云う訳ではない。薄ぼんやりと仕事を引き摺っている。単なる生活の習性に過ぎない。
 駅前の商店街通りから一筋奥まった路地に在る輸入食料品雑貨店がリニューアルして始めたオープン・カフェでアジアン・ランチと洒落込んだ。ベトナムコーヒーのまどろっこしさが日本茶をたてる時の格式張った作法を思い起こし、コンデンスミルクの異様な甘ったるさはガキの頃に先頭で飲んだ瓶詰めのコーヒー牛乳の味ににている・・・などと宣いながらも無意識に中華サンドと春雨サラダを貪り早食いしている。どうしてのんびりと食事が出来ないんだ。
 この日は折りからの張り巡った梅雨前線が一時撤退し、爽やかな初夏の香り
を告げる眩ばゆい陽光がテラスに射し込み・濡れた舗道を照らし水溜まりがゆらゆらと揺れていた。誰もが心地好い午後を満喫していた。
 嫌煙権に背を向け、斜に構えたポーズのまま煙草を燻揺らせる。隣りの席で女性の膝頭の上にちょこんと座ったポメラニアンが耳元に飾ったリボンを揺らせて睨み付けていたが、気付かない振りをした。煙たがるより暑がれよ。その窮屈なチョッキを脱いだらどうだ。似合わないよ。声には出さなかった。
 傘を差さない。両切り煙草を喫う。これは私立探偵、いや、男のダンディズムだ。 
 譲れない。このまま頑固爺ぃになって、肺炎で死ぬんだ。むかし、両切り煙草を「ダブルカット」と言っていた仲間は痴呆症で死んだが、そんなことはどうでもいい。
何気なく眺めていた向かいの側のスーパーマーケットが専用と立看した駐輪場界隈は大盛況。ひっきりなしの混った返しで。そりゃもう大騒ぎだ。
 不慣れな警備員は露骨に舌打ちし噴き出した額の汗を手の甲で拭いながら途方に暮れている。
それにしてもだ。何故、そんなに多い。自転車は。そんなに好きなのか自転車を。そんなに魅力があるのか。自転車に。俺は嫌いだ。自転車が。
かつては自転車小僧だった。誰もが体現する自立の瞬間だと爽やかな幻想を抱いたものだった。自転車はスーパー・ジェッターの流星号であり、スティーブ・マックイーンが『栄光のルマン』で乗ったポルシェだった。学校で禁止されていたドロップ・ハンドルに憧れ、跨いだケツをモコモコさせながら大人に追いつこうとした日々・・・遠い日の花火のように想い出す。花火もそうだが、自転車は子供の夢であり大人のものじゃない。高校生の時、自転車に別れを告げた。だからETを乗せた自転車が夜空を飛んだ時には「そんな事もあるだろうな」と醒めた感動をしたものだ。大人は自転車に乗らない・・・この信念が災いした。
今では誰もが当たり前のように自転車に乗る。老若男女を問わず、皆が皆、華麗なる自転車乗りだった。取り分け、主婦達はA級ライセンスの取得者だ。 俗に“ママチャリ”ベテランは“ババチャリ”と呼ばれるが、そのハンドル裁きの巧みさは絶妙である乗りこなし振りには圧倒され人格をも反映しているかのようだ。買物籠から大根の葉とネギが突き出ている。まるで幟のようだ。
 前後に設置した荷台には双子の男の子が乗っかり、アイスクリームを赤ら顔に埋め込んでいる。若いのか年増なのかさっぱり判らないお母さんはすっぴん顔に後ろ髪をひっ詰め、背筋をしゃんと伸ばし、堂々と気合いの入った姿勢でサドルに跨り、キュロット・スカートから覗いた逞しい太股を何とも云い用のない角度に開脚させ、物凄い速度でペダルを漕いでいる。暴走族さながらに蛇行し警笛を高らか鳴らし続けては通行人を煽り罵声を浴びせながら・・・。それは柄の悪いフィーゴのドリブルのように。華麗で見事だった。又、A級ライセンスの取得者達は駐輪場で集会を開くのも好きだった。育児、旦那の小言、ペット自慢、家庭問題から政治問題やSMAPの話題までにも及び事欠かない路上の井戸端会議は永遠に続きそうな気配だった。
 華麗なる自転車乗りはお母さんだけではない。お父さんもまた素晴らしかった。日曜日の装いに身を包み、お父さんが軽やかにペダルを漕いでやってくる。後ろには小学生の男の子、中学生位の女の子が笑顔を振り撒きながら自転車で続く。銀色のスポークが照り返しに反射し輝いていた。眩しさに目を細めた。
 父子は井戸端会議に没頭している母と合流した。ハンドルを握り締めて背筋を伸ばして立ち尽くした家族の長い影がはしゃぎ声と交差し午後の日溜りに揺れていた。土台、不慣れな警備員には無理な注文だった。「交通妨害ですよ」と声を掛けるには。相変わらず無言で噴き出た額の汗を手の甲で拭い続けるのが関の山だった。が、不慣れな警備員は知っているのかも知れない。この家族は必ずしも幸福ではないと・・・。家族の愛が美しく、そして永遠ではない事を。
 無造作に投げ捨てられた。放置されたまま山積みにされた。錆び付き壊れた自転車の山。その残骸を見上げ、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。いや、ただ単に暑かっただけかも知れなかったが。
 俺が自転車に乗ったのは・・・最後に風を感じたのは・・・娘に自転車の乗り方を教えたあの日だった。何回も自転車から転倒し膝頭を擦り剥き血を滲ませて泣きじゃくった。公園が暮色に染まる頃、娘の自転車はヨロヨロと酔っ払いの千鳥足のように進み、やがて薄暗がりの中へ消えていった。俺の手から離れて。
 あの日、あの時、娘は冒険に旅立ったのだなと痛感し、その切ない喜びを噛み締めた。家族一緒では乗らなかった。妻は自転車に乗れなかった。乗れない訳ではなかった。多分、乗ろうとしなかったのだろう。
 キャリア・ウーマンの妻は自転車に乗ると云う行為を潔しとしなかった。そう思う。俺も大人になってからは自転車に乗ろうとしなかった。
 俺も妻も自転車に乗れば。親子一緒に走れば。或いは家族の関係ももっと違った道に進んだかも知れない。それは新たな迷い道かも知れないが。